AIの作る文章と人間が作る文章
AIの能力がヤバいとずっと言われている
AIがめちゃくちゃに進歩している。チャットができたり、絵が描けるということで話題になっていたが、最近では短い動画も作れるようになっている。
試しに「七色に光るカエルがジャンプしている動画を作ってほしい」とお願いしたら、本当にその通りの動画が作られた。AIが何をしても、もうそんなに驚かないと思う。
AIにとって、文章を生成するなんて朝飯前のことなんだろう。AIに頼むと本当に0.1秒くらいで大量の文章が生成される。しかも、そこそこ「読める」文章だ。
こんな状況は、ライターにとっては死活問題だとずっと言われていた。AIに仕事を奪われる職業の筆頭になるんじゃないか、と。普通に考えたら、そうなりそうな気がする。ただその一方で、どうもそうはならないような気もしている。
AIの作る文章は読みやすいけれど、おいしくない
AIの作る文章は、非常に読みやすい。ただ、その読みやすさが、なんだか逆に引っかかってくる。読みやすさが読みにくくしていると言ってもいい。変な話だけど。
食事に例えてみよう。ファミレスのハンバーグランチって、食べやすいけれども、数日連続で食べ続けるとその「食べやすさ」自体がなんだかしんどくなってくるはずだ。
料理研究家で飲食店を経営しているイナダシュンスケは、料理のおいしさを「おいしさ=純粋美味+マズ味」と語っている。
マズ味なんて言い方をすると首をかしげる人もいるかもしれないが、ネギ、生姜、大葉、ミョウガなどの薬味や、スパイスなどのことと言えば、理解しやすいのではないだろうか。生のネギって、それ単体で味わうとマズい。でも、ラーメンにもそばにも必要不可欠だと思う。
結局、AIが作る文章は「純粋美味」だけでできているんだろう。人間のライターは、文章作成能力の至らなさが「マズ味」として作用し、全体として豊かな味わいになる。
それに、人間が作る「豊かな味わい」の文章が求められるのって、なにもコラムやエッセイのような文学的な文章だけではないと思う。ビジネスメールや提案書のようなでも完全にAIが書いた「純粋美味」の文章は、最後の最後でいまいち乗れないところがあるんじゃないか。
ただ、AIが人間のマズ味をマネするようになる日もくるだろう。それでも、チューブのにんにくと、自分ですりおろしたにんにくって、香りが全然違う。別物と言ってもいいくらいだ。そのくらいの違いって、AIの作った「マズ味」と人間が作ってしまった天然物の「マズ味」にもあるんじゃないだろうか。そこには期待したい。
AIを執筆に取り入れようとすると
職業ライターとして、AIを執筆に取り入れられないかは、常に探っている。AIに仕事を奪われる、という手前の段階で「AIに仕事をさせてラクして儲ける」状態にならないかを狙っているのだ(たぶんみんなそうだと思う)。
しかし、これがどうもうまくいかない。さっき、ファミレスのハンバーグとか、チューブにんにくのような例を出したけれども、実際にはそんなもんじゃない。人間の作った文章とくらべると、メロンとメロン味くらいの差はある気がする。とにかく「わかる」というか「目立つ」のである。
それなら、ごくごく限定的な形で仕事に取り入れられないか、といろいろ試行錯誤はしているが、それも難しい。こちらとしては「季節のメロンパフェ」を作ろうとしているのに、その中にどうにかして「メロン味のシロップを入れよう」なんて思ったら、逆に難しくなるでしょう。そんな感じである。
インタビュー構成をやらせても、エッセイを書かせても、アイデアを練らせても、どうも変に単純な味のやつしか出てこない。いろいろと命令(プロンプト)を変えて再出力を繰り返すと、部分的に使える物が出てきたりすることもあるが、しかしこれは結局のところ自分で思考しているのと、そこまで変わらない労力にも思えてくる。
結局、自分の仕事にAIを取り入れているのはインタビュー音声を文字起こしするところと、最後の誤字脱字のチェックくらいである。それでも「自分でやるよりはいくらかマシ」くらいのレベルだと思う。AIはありもしない誤字脱字を提示してきたりすることもあって、嫌になってしまうこともしばしばだ。
ライターがAIに仕事を奪われるのはまだもうちょっと先ではないか
ここまで、AIの作る文章と、人間の書く文章は「味」がちょっと違う、と主張してきた。仮にその主張が正しくても「味なんてそこまで重要じゃないのでは」という反論もあると思う。とにかくそれなりの文章が低いコストで出てくるのだから、そっちの方がいいだろう、と。
実際、これまでの自分も、味なんてそこまで重要じゃないかも、と思っていた。
しかし、AIの普及により大量の「イケてない味」の文章を本当にいろいろなところで目するようになってしまった。もうこうなると、AI特有の味が気になってしまって仕方がない。同じチェーン店の食べものを続けてたべていると、その特有の味付けがダメになってしまうのに似ている。
そして、こんな人は僕だけではないと思うのだ。自分だけが文章の味わいに敏感とは思えないからだ。
AIの普及によって、読む側の意識が敏感になるのだとしたら、やっぱりライターが完全にAIに仕事を奪われるのはもうちょっと先なのではないか。
路地裏でやってる小規模な居酒屋なんて、弱いけれども消えることはない。そんなふうにライターという仕事もしばらく続くのではと思っている。
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■参考
イナダシュンスケの「マズ味」についてのコラム
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